貴乃花の現役時代を振り返る

波乱は必至!貴乃花はテレビで何を語る?

貴乃花夫妻

すでに各所で話題となっていますが、今まさにこの記事を書いているこの瞬間に貴乃花親方がテレビに出演して、今回の騒動や相撲協会について語っています。

実際にどんな内容を語るのかは後でじっくり見ようと思って録画しているのですが、明日のワイドナショーやスポーツ新聞はこの発言一色になるになるのでしょうね。

おそらく今回の放送では、貴ノ岩への暴行問題だけでなく、相撲部屋で日常的に行われているかわいがりと称した暴力や、長年まことしやかに語られる八百長問題についても言及するのではないかと思いますが、恐らくこういった細かい問題よりも、彼は相撲協会の旧態依然とした体質の改善を狙っての出演だと思います、

今回のテレビ特番での一方的な発言と出演は相撲協会にとっては寝耳に水であり、テロに近い形だと思いますが、おそらく貴ノ岩問題の時と同じように協会のお偉いさんに呼ばれて詰められるでしょうね。それも覚悟の上での行動でしょう。

出演を期に世論を動かすのが彼の狙いだと思いますが、彼が何を語り、果たして世論はどう動くのか注目して見守りたいと思います。

今回の記事はこの騒動について語りたいところですが、今世間を騒がせているこの貴乃花親方という人物が現役時代どういった人物なのか、若い人はおそらく知らない人が多いと思うので、同世代の僕が解説してみたいと思います。

(画像引用:「貴乃花部屋」公式サイトより)

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父は人気大関「貴乃花」、伯父は名横綱「若乃花」

まずは貴乃花の出自からですが、彼の本名は花田光司(はなだこうじ・以後「貴乃花」単体での表記は彼とします)といい1972年生まれの45歳(2018年2月現在)で、僕よりちょっと年上です。

ご存知の方も多いように彼は”二代目”の貴乃花になりますが、”初代貴乃花”はお父さんであり部屋の師匠である藤島親方(のちに二子山親方に変更)の四股名でもありました。お父さんは端正な顔立ちでかなり人気のあった大関だったようですが、50歳以上の方たちにとっては貴乃花と言えば、まずお父さんのほうを思い浮かべるのかもしれませんね。

そして伯父さん(お父さんのお兄さん)は戦後の相撲界を支えた横綱の”初代”若乃花であり、引退後は二子山部屋を開き二代目若乃花や隆の里といった横綱や前述の貴乃花や若島津などかなり強い力士を送り出すなど師匠としても成功を収めました。

この伯父さんとお父さんの初代貴乃花は年が22歳も離れており、年の差などから光司少年にとってはおそらくお祖父さんのような存在だったとは思いますが、彼は相撲をやるには最高の環境と血筋の中に生まれてきました。

お母さんは現在も関係は疎遠なままのようですが、いまだもテレビにたまに出演しているタレントであり、結婚前は女優をしていたといわれる藤田紀子(憲子)さんとなります。

そしてお兄さんが最近はよく分からない立ち位置でタレントをしている元横綱の三代目若乃花(花田虎上:名前はまさると読みます)となります。

角界(相撲界)入りから若貴フィーバーへ

1988年に貴乃花は兄若乃花とともにデビューをしますが、確か親方同伴のもとこれから角界入りしますという会見みたいなものを開いたことを記憶しています。結構な数の報道陣が集まっていたと思いますが、今思い返すと、それぐらいお父さんの人気と注目度が高かったということでしょう。

まだ中学をでたばかりであどけない二人でしたが、実はこの時に世の中の人に彼らが初めて知られたわけではありませんでした。

実は初代貴乃花の家族の密着番組などがたまに放送されていたこともあり、この兄弟がそれこそ小さい時からお茶の間への露出などもあり、僕も”ああ、あの二人がデビューするのかという感じでしたね”(芸人の「バナナマン」の日村さんが、たまに貴乃花の物まねをしていますが、これはおそらく家族団らんの場面を撮影されている時の子供の貴乃花の真似をしています。)

そしてデビューとなりますが、最初の四股名は貴乃花ではなく、貴花田(たかはなだ)と名乗っていました。

お兄さんも若花田と名乗りデビューしますが、中学卒業したばかりと高校を中退して入って来たばかりの彼らは当然序の口(一番下)のスタートです。(現在学生横綱などの実績があれば幕下付け出しでデビューできます)

そして一番下の序の口からデビューした貴花田ですが、デビュー前の会見では内気そうな雰囲気で”果たしてどれほどやれるのやら”と僕も大して注目はしていなかったのですが、彼の名が世間に再び聞かれるようになるにはそれほど時間はかかりませんでした。

幕下以下の力士はNHKなどのテレビで取り組みが放送されないため露出が極端にありませんでしたが、貴花田は幕下で一度負け越ししてしまったものの、二年目の最後には十両の昇進を果たします。

確か同時期にデビューしたのちに長きにわたるライバルとなる曙のほうが先に出世した覚えがありますが、世間も”曙も強いけど、あの貴乃花の息子の貴花田ってのも、もしかして強い?”と注目され始めたの頃でしたね。この頃お兄ちゃんである若花田は忘れられていたような存在だったような気がします(笑)。

その後、曙とともに順調に番付を上げていく貴花田ですが、彼自身の端正な顔立ちや父親は”角界のプリンス”と言われ人気力士だった初代貴乃花だったことや、そこに実力を備えていることが世間にも伝わり始め、幕内に上がるころには空前の相撲ブームが巻き起こります。これがいわゆる”若貴ブーム”となります。

この頃になると遅ればせながら、お兄ちゃんも徐々に番付を上げてくるわけですが、この頃は横綱千代の富士の全盛期の時代であり、あまりにも強すぎて停滞感がありました。

そこに貴乃花というニュースターや小錦の後継者でありさらにそれを上回る素質を感じさせる実力をもった曙の登場ということで、かなり相撲というスポーツが盛り上がりましたが、この頃は今のように年寄りや一部の相撲ファンが盛り上がっていたわけではなく、若貴ギャルと呼ばれる追っかけの女性まで現れるほどであり、本当に世間全体が相撲で盛り上がっていました。

ウチの奥さんもこの頃は場所後は勝手に一人番付作成会議などを行っていて、予想番付などを作っていたそうですが、世の女子大学生もここまではいかないものの、お相撲さんが大人気でした。

さらに言うとこの頃貴花田が所属していた藤島部屋(のちの二子山部屋)には兄若花田だけではなく、安芸ノ島や貴闘力、貴ノ浪、豊ノ海などの幕内力士が活躍しており一大勢力となっていました。

宮沢りえとの婚約で世間がひっくり返る

さて順調にその番付を上げていった貴花田でしたが、1992年11月相撲以外のことで世間をびっくりさせます。それが当時まさしくトップアイドルと言ってもよかった宮沢りえとの婚約騒動です。

今でこそトップ女優として独特な存在感を発揮する宮沢りえですが、当時は歌やお芝居だけでなく「とんねるずのみなさんのおかげです」などバラエティー番組でも活躍するなど本当にトップと言ってもいいぐらいの注目度のアイドルでしたが、ある日突然二人で会見を行います。

たしかこのホテルで記者などを集めて行われた会見ですが、確か夜に突然行われたような記憶があります(記憶が曖昧なんで間違っているかもしれません)、本当に前触れなく行われたという会見で、突如緊急生放送となり、何の発表だろうと思ったら”僕たちいずれ結婚します”といった唐突な発表だったので、世間は大混乱となりました。

当時のトップアイドルとこれから間違いなく相撲界を背負っていく人気実力申し分ない若手ナンバーワン力士の突然の婚約発表会見となったわけですが、この直前に彼らが付き合っているという情報もなく、まさしく”聞いてないよ!”状態で日本中の老若男女が”ヒェーーーーー!”となりました。

ちなみにこの宮沢りえですが、この世間を”ヒェーーーーー!”とさせるのは二回目でした。

それは確かこの会見からさかのぼること二年前、僕が高校二年生の時にヌード写真集サンタフェの発売・広告事件です。10代のトップアイドル、しかも高校も卒業していないような女の子がヌードになり、その新聞広告がドカンと前触れなくでたわけです。

例えるならAKBのセンターの子が突如裸の広告を新聞に出したぐらいの衝撃(というか知名度は恐らくそれ以上だったのでもっとインパクトは上ですね)でしたね。当時高校生だった僕ですが、当日の学校ではいかに抜け出してこの写真集を買いに走るか学校中が騒然としていたのを覚えています。

しかしこの婚約は残念ながら数日後に破談を迎えます(宮沢りえの母親の反対や、貴乃花の周辺の反対があったと言われています)。

大関昇進、そして横綱へ

この婚約騒動により世間を騒がせた貴花田でしたが翌年1993年に大関に昇進します(しかし同時に婚約の破談を発表)。そこで初めて四股名を貴花田から、現在知られている貴ノ花に改めますが、実はまだ四股名は「貴乃花」ではありません。この時はまだ「貴ノ花」です。

この当時はお兄ちゃん若花田も番付をあげすっかり一人前の幕内力士になっていましたが、当時のライバルは曲者揃いでした。

同門同士での対決は優勝決定戦以外ないものの、一番のライバルであった曙の他にも、琴錦や、栃乃和歌、魁皇、寺尾、逆鉾、舞の海、琴ノ若、武双山、武蔵丸(思い出しながら書いているのでちょっと時代がずれている力士もいるかもしれません)など、個性的な力士がそろっていました。

すでに横綱の器であると思われた貴ノ花でしたが、すんなりと横綱昇進とはいかず、大関昇進から一年半かかって横綱に昇進を果たします。何と言ってもこの時は曙が全盛期で、本格化前の貴ノ花にとっては越えなければいけない壁でした。

この頃の曙は確か組むとか以前の問題でぶつかったら一気に土俵の端まで持っていかれるぐらいの圧力があり、相当強かった記憶があります。

”大横綱”貴乃花誕生

1995年になり見事横綱昇進を果たした貴ノ花でしたが、ここでいよいよ四股名を現在の名前である「貴乃花」に改めます。二代目貴乃花の誕生です。

この頃は曙一強時代の色合いを強め始めたリ、日本人横綱の不在に少し世間には寂しさのようなも雰囲気がありましたが、ついに期待の大器が頂点に登りつめました。そんなこともあり、千代の富士以来の強い横綱の誕生に世間はお祭り騒ぎだった記憶があります。

一月場所で横綱に昇進した貴乃花ですが5月には元フジテレビアナウンサーの人気アナウンサーだった河野恵子さんと結婚しています。当時のフジテレビは今以上に女子アナがアイドル化していた時代で、エース級だった河野さんですが、過去に宮沢りえ騒動があったせいか、その時ほど大騒ぎにはならなかったような気がしますね。(確か僕は”ふーん”で終わったような気がします:宮沢りえのときは本当に地球がひっくり返るかと思ったんで・・・)

横綱昇進前の二場所、大関のときに二場所連続で全勝優勝をかざるなど、すでに力士として完成形にあったと思われる貴乃花ですが、この二場所から横綱二年目の1996年まで圧倒的な成績を残します。

1994年 15勝0敗(九月場所)、15勝0敗(十一月場所)→横綱昇進
1995年 13勝2敗(一月場所)、13勝2敗(三月場所)、14勝1敗(五月場所)、13勝2敗(七月場所)、15勝0敗(九月場所)、12勝3敗(十一月場所):年間80勝10敗
1996年 14勝1敗(一月場所)、14勝1敗(三月場所)、14勝1敗(五月場所)、13勝2敗(七月場所)、15勝0敗(九月場所)、休場(十一月場所)

緑文字が優勝した場所

この翌年も優勝三回していますが、やはりこの二年間が圧倒的な成績だっと言えます。結局貴乃花は横綱在位49場所のうち15場所で幕内優勝(大関以下で7度)を飾っています。

49場所のうち12場所は全休もしくは引退した場所なので実質37場所だったことを考えるとその圧倒的さが伝わると思います。

なぜ大横綱、最強力士の一人に数えられるのか?

僕もこの記事を書くにあたり、確認のために改めて貴乃花の成績を掘り返しているのですが、実は僕の印象ほど圧倒的な成績を残しているわけではなく、そのピークは約三年間程度だったことが見直してみるとはっきりします。

僕もWikipediaなどで見直してみて、”あれ、思ったほど勝ってないな?”というのが第一印象だったのですが、それでもなお、僕と同じく歴代の横綱の中でも最強の一人にあげられるのはなぜでしょう。

最近の大相撲は白鵬の強さばかりが目立ち、成績だけ見ればこちらのほうが圧倒的にさえ見えますし、この白鵬を史上最強と推す声もあります。僕も確かに最強クラスの一人だと思います。

ただ、やっぱり”今まで見た力士の中で一番強いと思った力士はだれか?”と聞かれたら、即答で貴乃花の名前を挙げます。次点が白鵬や千代の富士になります。

THE ”横綱相撲”

まず貴乃花の名声を高めているのはその取り口でしょう。

大相撲の醍醐味は押し出しというよりもやはり組んでからの駆け引きが見どころですが、四つ相撲だけなら、貴乃花も白鵬も、はたまた朝青竜も強さ満点の戦いをしていましたが、何と言っても貴乃花が素晴らしかったのは、いわゆる”横綱相撲”を行ってきたからでしょう。

横綱相撲とは立ち合いで変化したり、張り手をしたりすることなく、あいての立ち合いを正面から受け切って対戦する取り組みのことを言いますが、この貴乃花はほとんどすべてが、まっすぐ受けてのものでした。

すべての取り組みを見たわけではなく、印象で語っているので間違ったことを言っているかもしれませんが、現在のモンゴル人横綱や最近の若手力士のように正面から小細工なしに戦った姿に、この貴乃花の真骨頂を見た人も多いのではないのでしょうか。

ガチンコ部屋のガチンコ横綱

そしてこれはデリケートな問題ですが八百長問題です。

おそらくコアな相撲ファンの中で八百長が全くないと思っている方はいないとおもいますが、僕も八百長とはいかなくても、ある程度の忖度は存在すると思います。コレは人間がおこなうことなので間違いないでしょう。

実際にそこに金銭的なやり取りがあると証言している元力士がいるので、注射(八百長)が少なからず存在することは否定できないでしょうが、貴乃花が力士仲間でも有名だったのがガチンコだったということだそうです。

これも元力士が証言したりしていたり、僕も噂レベルで聞いたことありますが元々彼が所属していた藤島部屋そのものがガチンコ力士がほとんどだったそうで、その中でも最強をほこったのが貴乃花だったのです。

他にも有名なガチンコ横綱として現芝田山親方の大乃国なんかが有名ですが、同業者からしっかりとこういった情報が出てくるうえでこの成績を残したことを考えると、いかに偉大な力士だったかがお分かりになるでしょう。

確かに白鵬も相当強い横綱であることは認めますし、星のやり取りなど忖度も理解できますが、白鵬と貴乃花の差はこの二点で評価が入れ替わります。

相撲協会の改革を望む

最後に、今回は貴乃花のアゲアゲ記事みたいになってしまいましたが、個人的に横綱貴乃花は好きなんですが人間貴乃花は僕はあまりすきではありません。

あくまでニュースやネットなどから伝わる情報のみの判断であり、一度直接話でもできればその印象も変わるかもしれないものの、やっぱりちょっと頭が固く古臭く感じますよね。要は面倒くさそうな人間に感じてしまい、以前の親子喧嘩や兄弟喧嘩、またそれに絡む絶縁にしてもどうも貴乃花に問題がありそうと感じてしまいます。

ただ、人間的にちょっと取っつきづらそうというのは感じるのですが、彼のやろうとしていることは理解できますし、筋が通っているように感じます。ここその内容を取り上げると長くなりそうなので省略はしますが、貴乃花の主張はファンあっての大相撲ということや、国技としての相撲をしっかりと守ろうとする姿勢の上に発言・行動していることがほとんどだと思います。

これはほとんどの方が思っていることだとは思いますが、今回の大相撲に関わる混乱の原因や理事選の異様な結果などはすべて、悪しき伝統の顕著化と既得権益に執着した親方衆や公益法人の周りにちょろちょろする政治家や財界人の保身に原因があると思います。

今回貴乃花が行った一連の行動などに関しては批判の声もあり、もうちょっとうまいやり方はあったと思いますが、僕としては彼の行動は賞賛すべきものであり陰ながら応援したいと思います。

最後はまとまりに欠けて何言っているか分かりにくくなっているかもしれませんが、貴乃花頑張れということです。

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