ナイスネイチャ:愛すべき名馬・迷馬列伝(1)

僕が競馬を意識し始めて、馬券を買い始めたのはちょうどメジロパーマーが有馬記念を勝った1992年ですが、そのきっかけは趣味で買ってたデイリースポーツなどのスポーツ新聞を読んでいたことでした。

スポーツ新聞というのは大体のケースとして一面がプロ野球ネタから始まり数ページを占拠、裏面が他の主要スポーツニュースから始まり芸能などという構成がほとんどなのですが、真ん中の四ページ程度は競輪・競艇・競馬の三大ギャンブルスポーツで占められています。

中でも競馬は時には1面を占めることもあり、スポーツ新聞をしょっちゅう買っているとイヤでも馬の名前を憶えてきます。そういった流れで知的好奇心から当時住んでいた場所にたまたまウィンズ(馬券売り場)があったのですが、僕が競馬の世界にのめり込むのは運命だったのかもしれません。

そこで初めて覚えた馬がナイスネイチャでした。そう、この馬いつも上位に来ているなと・・・。

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大競馬ブームから25年

約25年前は80年代後半にオグリキャップが世間の競馬に興味のない層の大きな注目を引き付けた後、ファミコンではダービースタリオンという今までにはなかったジャンルの育成ゲームが登場し、僕のような当時20歳前後の若者の取り込みにも成功し、空前絶後の競馬ブームのきっかになりました。

そういった時代背景もあり僕もガッツリ競馬にはまっていったわけですが、その時に活躍した名馬たちもすでにほとんどが亡くなり、血統表を見るとブルードメアサイアー(母の父)どころか三代前の馬として登場していたりします。

また、かつての中堅騎手で失礼ながらいまいちパッとしなかった人が名調教師になっていたり、若手の新進気鋭の調教師と言われていた人達がすっかりおじいさんになってたりしますね。

社台ファームの吉田照哉社長やその弟のノーザンファームの吉田勝己社長も当時は若手という感じだったんですが、爺さんになっていますね(笑)。

ということで、ここ数年は以前ほど競馬を集中して見てはなかったのですが、このブログの記事のネタ(GⅠレースなどの予想記事)を作るために最近はレースを動画でチェックしまくっており、今は絶賛競馬のリハビリ中の僕です。

他の競馬記事ではここ10年ぐらいの馬のことはニワカ状態で有名馬のことぐらいしか言えないんですが、伊達に長くは生きていませんので、今の若手競馬ファンが知らないちょっと前の名馬や迷馬のことを、このブログでたまに振り返っていきたいと思います。

第一回目は愛すべき馬券の味方ナイスネイチャです。

“GⅠ未勝利のアイドルホース”ナイスネイチャ

ナイスネイチャは今でいう2歳(当時の表記だと3歳)でデビューして結局現在の馬齢でいうと8歳(同9歳)までレースをするのですが、僕が競馬を見始めたころはすでに4歳の古馬となって好走しており、GⅠレースを始めとする重賞レースで常に好走しており掲示板を外さない(5着以内)に必ず来るということで話題になっていました。

実際にメジロパーマーが勝った有馬記念でも二連連続の三着に来るわけですが、人気が出始めたのはこの頃だったような気がします。当時の人気ホースはメジロマックイーンとトウカイテイオーという両巨頭が現役だったわけですが、怪我もあってか両頭ともこの頃は満足に出走してません。

その二頭不在の中毎回レースを盛り上げてくれていたのが、このナイスネイチャやメジロパーマー、ダイタクヘリオス(この二頭は元気印の大逃げ枠)やホワイトストーン(善戦マン)、レッツゴーターキン(忘れたころに追い込んでくるがほぼ来ない)など個性的な曲者ばかりでしたね。(さらにイクノディクタスとかツインターボとかも常連でした)

マックイーンとテイオーは本当に正統派アイドルという感じでしたが、上にあげた馬たちはなんというか地下アイドル。その中でも何やらしてもスゴイ実力派なのがナイスネイチャでマゾ的な人気でした。

僕も第一回に取り上げるだけあって大好きだった馬なのですが、これは頑張る姿が応援したくなるというのもあったんですが、何と言ってもよかったのが、自信をもって馬券からハズすことができた(笑)からでした。

そうですこの馬がらみの馬券をGⅠでは僕ほとんど勝っていませんでした。

だってGⅠでは絶対こないから。

ワイド馬券導入前なので自信をもって馬券からハズせる馬

当時のナイスネイチャに関する僕の勝手な印象なのですが、この馬はGⅠだと絶対に足りないが、弱い馬が相手だとたまに勝つかもしれないということがハッキリしてたんですよね。

先行してもいいし、差してもいいけどピュっと最後延びない。だからなんとなく先行して勝つしかないというのが当時の僕の分析でしたが、その通り強い先行馬がいない時だけ馬券に絡めればいいというので、本当に勝たせてもらいました。

これが現在のようにワイド馬券なんてあったら、もうどうなっていたことかというぐらい悩みの種だったでしょうね。ちなみにJRAもこのナイスネイチャ人気にあやかって導入時のポスターに起用しています。

老体に鞭打ち最後は種牡馬に

ナイスネイチャは結局6歳の秋あたりから善戦マンとしてのなりを潜め、徐々に掲示板を外し始めるわけですが、やっぱり力の衰えは隠せないのでかわいそうでしたね。

かといって当時でも良血とは言えない血統だったのでGⅠ未勝利馬なので種牡馬にするわけには行かず、とりあえず元気なのでレースに出ているという印象でした。

ビワハヤヒデ世代やナリタブライアン世代と勝負を繰り広げていたわけですが、全盛時の力がないだけに、これが競馬ってものなのかというのも感じさせられました。

その後ボロボロになるまでレースを走ったあと故障を期に引退しますが、馬そのものの人気があったのか数年間だけ種牡馬として供用されます。(よかったー)その後中央で勝つ馬も現れたようですが、結果が出なければすぐに見限られる世界です。種牡馬としての供用が終わったあとは母のウラカワミユキとともに故郷の渡辺牧場で余生を送っているということです。

同世代の馬がすでにたくさん亡くなっていますが、まだ死亡したというニュースは聞きません。現在はすでにかなりの高齢のはずですが、まだ存命なのでしょうか。そうだとすると何かうれしくなりますね。

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ナイスネイチャの主な戦績

41戦7勝(7-6-8-20)

6歳の秋ごろが加齢が原因か成績が落ちはじめますが、5歳までで限定すると22戦のうち掲示板を外したのが条件戦の一回と、天皇賞、ジャパンカップだけというのはスゴイですね。

これで良血であればすんなり種牡馬入りできたんでしょうが・・・。

おもな勝鞍

1着:京都新聞杯(GⅡ)、鳴尾記念(GⅡ)、高松宮杯(GⅡ)、小倉記念(GⅢ)
2着:日経新春杯(GⅡ)、大阪杯(GⅡ)二回、京都記念(GⅡ)
3着:有馬記念(GⅠ)三回、マイルチャンピオンシップ(GⅠ)、毎日王冠(GⅡ)二回、阪神大賞典(GⅡ)

こうして見るとGⅡの中でもかなり格の高いレースで勝っていることが分かりますね。

ナイスネイチャの血統構成

父:ナイスダンサー 母:ウラカワミユキ(母の父ハビトニー)

当時はノーザンテーストとかリアルシャダイ全盛でしたが、ナイスダンサーは廉価版ノーザンテーストという感じでしたね。そこそこは走るんですが、ナイスネイチャの競争成績と同様決め手が少し足りないという馬が多かったような気がします。

産駒の中では結局ナイスネイチャが一番の出世頭でしたが、他にはラグビーボールがいるぐらいであとは条件戦で戦っている馬がほとんどでいしたね。(確か1000万以下あたりでナイスラークという馬もいたのを覚えています)

ナイスダンサーはトウカイテイオーの母の父として有名でしたがトウカイテイオーも活躍馬を出せませんでしたし、ナイスネイチャの母系も近年中央競馬で活躍馬がいないので残念なところです。

ウラカワミユキ亡くなる

先日(2017年6月2日)ナイスネイチャのお母さんのウラカワミユキが36歳で亡くなるという残念なニュースが飛び込んできました。

競走馬としてはかなりの高齢(記録の残っているサラブレッドの中では牝馬最高齢だそうです)で大往生でしたが、ナイスネイチャにも長生きしてもらいたいものですね。