過去の日本ダービー馬はその後どうなった?

ロジャーバローズ

ロジャーバローズが日本ダービーを最後に引退、種牡馬入り

ディープインパクトが亡くなったのは(2019年)7月30日でしたが、約一週間後の8月6日に今年の日本ダービー(東京優駿)馬であるロジャーバローズ(父ディープインパクト)の故障と引退が発表されました。

秋には父ディープインパクトも成しえなかった凱旋門賞(GⅠ、フランス)の制覇を目指し、調教を積まれていたようですが、サラブレッドにとっては不治の病と言われる屈腱炎を発症したということで今回の決断になったようです。

屈腱炎を発症すると大体復帰までに一年近くかかる上に、パフォーマンスは間違いなく下がりますのでこの発表は残念ですが、しょうがないと言えますね。

また、今回はディープインパクトという偉大な血が失われた直後でもあり、未だ確固たる後継種牡馬が現れていないという事情も考慮されてのことでしょう。

ロジャーバローズにとっては日本ダービーが引退レースになったわけですが、今回は過去に日本ダービーを勝った馬たちがその後どういった成績を残したのか、また引退後種牡馬としてどういった成績を残したのか、1990年以降の日本ダービー馬三十頭について僕なりに気になったので振り返ってみたいと思います。

いつものように個人的興味の企画・まとめ記事です。(笑)

(画像引用:Wikipedia「ロジャーバローズ」より)

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Contents

馬ごとの仕分けは僕個人の勝手な印象なので、そのあたりはご理解ください。

歴史的名馬になった

強い馬が勝つといわれる東京2400mのコースなので、やはり伝説級の名馬が何頭か誕生しています。

どの馬も日本ダービー時点で一番人気かな?と思ったのですが、ウォッカは牝馬ということもあり実は三番人気でした。

ただオルフェーヴル以外はすでに亡くなってしまっているというのは残念ですね。

オルフェーヴル(2011年)

通算GⅠ六勝ですが、この馬を名馬足る評価がされているのは何と言っても凱旋門賞で二度二着に入ったことでしょうね。

ダービー後は13戦8勝二着4回と圧倒的な成績を残しましたが、この頃がピークだったというよりも、ダービーあたりから強くなり始めた感じですね。

今振り返るとダービーは一番人だったものの皐月賞は四番人気でした。

通算21戦12勝(12-6-1-2)。名馬と呼んで異論のある方はいないでしょう。

現在社台スタリオンステーションで種牡馬として供用されていますが、未だ十位前後ということで父ステイゴールドやディープインパクトほどの活躍を見せられていません。

ウォッカ(2007年)

64年ぶりの牝馬のよるダービー制覇を果たした女傑です。

ダービー後も牡馬相手に勝利するなど通算GⅠ七勝。たまにもろさを見せるレースもありましたが、ダイワスカーレットとのライバル物語や東京競馬場での圧倒的な走りなど、記憶にも記録にも残る名馬でした。

特に五歳時の安田記念は痺れるようなレースでした。

通算成績は26戦10勝(10-5-3-8)。

ダービー後は19戦5勝(5-3-3-8)。数字だけ見ると結構負けているんですが勝ったレースがすべてGⅠレースだったというのがこの馬の凄いところですね。

引退後はアイルランドに渡りヨーロッパの超一流馬と種付けが行われ、産駒が日本で走っていますが、今のところタニノフランケルがGⅢあたりで通用しているぐらいなので、ウォッカの現役時代を知る身としては、もどかしいですね。

2019年4月に残念ながら15歳の若さで繋養先のアイルランドで亡くなりました

ディープインパクト(2005年)

先日亡くなってしまいましたが、GⅠ七勝で凱旋門賞も失格(禁止薬物の検出)にはなったものの三位入線し、世界トップレベルの力があることを示しました。

通算14戦12勝(12-1-0-1)。ダービー後も9戦7勝(7-1-0-1)と、最初から最後まで天才的な走りをした馬でしたね。

種牡馬としても父サンデーサイレンスに次ぐ圧倒的な成績を残し日本で生まれたサラブレッドの中では現在のところ最高の存在でしょう。

2019年7月30日死亡、17歳でした

ダービー後もGⅠ級の力を示した名馬

ナリタブライアン(1994年)

アラフォー世代の方にとって最強馬と言えばナリタブライアンの名前を挙げる方も多いでしょう。

一時期不振に陥りながら復活したり、良血馬でありながら雑草魂のようなものを感じさせる二面性も人気の理由にあるのではないのでしょうか。

スプリントGⅠである高松宮記念(四着)から天皇賞・春まで走るなど万能の名馬でしたね。

最初は伝説的名馬に入れていたんですが、冷静に戦績を見直すと古馬になってGⅠを勝っていない(有馬記念は現在の馬齢表記で三歳の時に勝利しました)のでここにカテゴライズしました。

ダービー後の成績は10戦4勝(4-2-0-4)でGⅠは菊花賞と有馬記念に勝っています。

イメージとしてはピークの時はメチャメチャ強かったので伝説的名馬でもいいと思うんですけど、不調時はどうしても案外な成績だったというのがネックですね。(ただ、ナリタブライアンの名誉のためにフォローしておくと、当時は股関節の故障が原因というのはファンの中では有名だったので力負けと思っている人は少なかったと思います。)

通算GⅠ五勝。古馬相手だと実は有馬記念と阪神大賞典(二回)しか勝っていないんですよね。ただその内容が圧巻だした。

通算成績は21戦12勝。

1998年に8歳の若さで亡くなったのはいくらなんでも早すぎました。

ナリタブライアン産駒は二世代しかいないようですが、血統的にはダートでも結果を残したような気がしますね。

レイデオロ(2017年)

現役馬です。

ダービー後は天皇賞・秋とオールカマーを勝っているだけなんですが、ジャパンカップでは二着に入るなど、肝心なところで勝負強いというイメージがありますね。

ドバイでは二回走って四着と六着、国内では皐月賞と宝塚記念がそれぞれ五着で馬券圏内をはずしていますが、これらのレースは戦前から気配がそれほど良くなかったなど、なんとなく力負けした感じがないという不思議な馬ですね。

これも藤沢和雄きゅう舎のせいなんでしょうか?(笑)

それほどたくさんのレースを走っているわけではなにのですが、僕個人が走りや戦績から受けるイメージは、スペシャルウィークに非常に近いイメージがします。

つまり種牡馬として成功しそうということです。

ディープスカイ(2008年)

日本ダービー後はGⅠを勝つことはありませんでしたが、力を示したのがディープスカイです。

初勝利まで六戦かかったというのはダービー馬としては非常に珍しいことですが、そこからは一変。結局そこから引退まで馬券圏内をはずすことがありませんでした。

ダービーまでは11戦4勝(4-4-1-2)でGⅠ二勝。ダービー後は6戦1勝(1-3-2-0)でしたがGⅠが四戦とGⅡが二戦ということを考えると力を十分示したと言えますね。

通算成績は17戦5勝(5-7-3-2)。

当初は早世したアグネスタキオンの後継種牡馬として期待され、多数の繁殖牝馬を集めましたが、期待されたほど結果を残すことができず、2015年からイーストスタッドで供用されているようです。

最近はクリンチャーなどが出て若干種付け頭数などが回復傾向にあるようですが、高いレベルで期待されていうことを考えると失敗の部類には入りますね。

気性がものすごく素直だったようですが、こういうエピソードのある馬はなんとなく種牡馬として成功していないイメージがありますが、狂ってるぐらいのほうが種牡馬としてはいいのかもしれませんね。(笑)

ちなみにディープとついていますが、ディープインパクト産駒ではなくアグネスタキオン産駒です。

メイショウサムソン(2006年)

通算成績は21戦9勝(9-7-2-9)。

ディープインパクトの一歳下のメイショウサムソンですが、この馬が三冠馬として期待されていたことを忘れている人も多いでしょう。僕もさっきまですっかり忘れていました。(笑)

サンデーサイレンスやブライアンズタイム、トニービンといった当時のリーディング級の種牡馬の血をもたないため血統的にかなり地味な存在でしたが、五歳までの成績は何だかんだ名馬そのものでした。

ダービー後の成績は15戦3勝(3-4-0-8)

瞬発力勝負に弱点をもっていたため、負けるときは案外でしたが、競り合いには非常に強い馬で五歳時には天皇賞春秋制覇を達成しています。

大きく負けたレースは有馬記念や凱旋門賞、休み明けなど比較的敗因のしっかりとしたものが多かったので、馬券的には非常に買いやすい馬でしたね。

今の時代では隠れた名馬だと思います。

種牡馬としては重賞勝ち馬をだすなど地味に成功していますね。

スペシャルウィーク(1998年)

かなり強い馬だったけど、伝説的な名馬かと言うと若干言い過ぎ、でもただの名馬というのも物足りない感じがするのがスペシャルウィークですね。

通算成績は17戦10勝(10-4-2-1)。

掲示板は京都大賞典の七着一回のみで、抜群の安定感を誇りました。

ダービー後は11戦6勝(6-3-1-1)。古馬になって天皇賞春・秋制覇のほかその年にジャパンカップも勝っており、やっぱり成績はオルフェーヴルやディープインパクトに次ぐものですね。

しかも負けた相手というのが、グラスワンダーやエルコンドルパサーなど、今になって考えるととんでもない時代に活躍しているので、種牡馬として活躍したのも納得です。

2018年に23歳で死亡

トウカイテイオー(1991年)

古馬二戦目の天皇賞・春まで無敗できたトウカイテイオーでしたが、当時は”皇帝”シンボリルドルフの後継馬として、非常に雰囲気のある馬でした。

僕もある程度長いこと競馬を見てきたのですが、テレビの画面上で歩くシルエットだけで馬の名前が分かったのはこのトウカイテイオーぐらいですね。

それぐらい素人が見ても分かるような独特の歩き方(柔らかさ)と貫禄を見せていました。

ダービー後は故障しがちでレースは満足に使えませんでしたが、三度の凡走があるものの6戦して3勝(うちGⅠ2勝)

そのうちのジャパンカップは当時としても最高レベルに海外からメンバーが集まったと言える年に勝ちましたし、最後の有馬記念は一年ぶりの長期休養明けで抜群の強さを身に着けつつあったビワハヤヒデを簡単に抜き去るというドラマティックぶりで、これぞスターホースという非常に人気のある馬だったという記憶があります。

また三度の太敗が最近の競馬ファンには気に食わないかもしれませんが、まず一回目の敗戦である天皇賞・春は距離もしくは骨折が原因、二回目の敗戦である天皇賞・秋は前後半のラップ差が3秒6もあった超ハイペースに巻き込まれてしまった、生涯三回目となる敗戦となる一度目の有馬記念の11着はスローペースを後方から行った上に、実はレース週に下剤を服用するなど体調がものすごく悪かったと言われています。

この馬自体が物凄く神格化されていたせいもありますが、”トウカイテイオーが負けたぐらいだから何かあったのだろう”という雰囲気がなんとなく世間にはありましたね。

通算成績は12戦9勝(9-0-0-3)。

引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬入りしましたが、超一流の牝馬が集められたものの産駒成績は16位が最高に終わり、期待ほど走らなかったのは残念でした。

2013年に心不全で亡くなっています。享年25歳でした

何となく長生きしたなというイメージがあるのは他のダービー馬が比較的早死にしているせいでしょうか。

そう言えばダービー馬で25歳まで生きていたという馬をあまり聞きませんね。

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結局強いのか弱いのかよく分からなかったダービー馬

キズナ(2013年)

ダービー後は二勝しているものの、GⅠでは馬券に絡むことができませんでした。

三歳時の海外遠征が影響を与えたのか、早熟だっただけなのか、評価の難しいところですね。

通算14戦7勝(7-1-2-4)で、ダービー後の成績は7戦2勝(2-1-1-4)でした。

エイシンフラッシュ(2010年)

通算27戦6勝(6-3-7-11)。

ダービー後もGⅠを勝っており(天皇賞・秋)、好走もしているので名馬に入れたいところですが、不調時の成績がイマイチで謎の敗戦も多いことから評価の難しいのがこのエイシンフラッシュです。

ダービーは20戦して2勝(2-3-5-10)しかしていませんし、少し負けすぎですね。

ダービーの時も七番人気だったように、結局最後まで強いのか弱いのかよく分からない馬でした。

ネオユニヴァース(2003年)

通算13戦6勝(7-0-3-3)。

ダービー後の成績も6戦1勝(1-0-2-3)ながら、有馬記念の10着を除くと安定した成績だったので成績そのものは悪くないんですが、何となくぱっとしなかった印象のある馬です。

というのもこの頃はゼンノロブロイやタップダンスシチーの時代だったんですが、失礼ながらレベルが高かったとは言えず、その中で抜け出せなかったというのが理由としてあるかもしれません。

2005年から2014年まで社台SSで種付けを行った後、2015年からはレックススタッドで種付けを行っているようです。

種牡馬ランキングの十位以内に六回も入っているので、能力はやっぱり高かったみたいですね。

ジャングルポケット(2001年)

通算成績は13戦5勝(5-3-2-3)で、ダービー後の成績は7戦1勝(1-2-1-3)となります

三歳秋にテイエムオペラオーが出ていたジャパンカップを勝ったので立派な馬なんですが、それ以外の馬があまりぱっとしなかったことや、テイエムオペラオーもピークから若干調子を落とし始めた時期ではありましたね。

翌年春も阪神大賞典、天皇賞・春と二着は入りましたが、秋は三歳時ほどの成績は残せず、イメージとしては期待したほど結果を残せなかった馬という印象があります。

引退後は社台スタリオンステーションで種牡馬入りしましたが、途中からは南半球へもリースされており、海外のGⅠホースも誕生しています。

ワグネリアン(2018年)

現役馬。

ダービー馬ということが忘れられつつある馬

マカヒキ(2016年)

現役馬ですが、ダービー後は(2019年8月現在)13戦1勝(1-1-3-9)となります。しかもその一勝は海外なので国内で最後に勝ったのはダービーということなので、国内では約三年間未勝利です

キズナと同様三歳で海外遠征をした影響も考えられますが、どのレースでも共通して言えるのは直線では伸びてくるけど突き抜けられない馬という印象ですね。

グレードが低く相手が弱いと馬券には絡んでくるし、GⅠになるとさすがに相手が強く見せ場を作れないという感じで、今はGⅠでは少し足らない一流半の馬のポジションに収まってしまっていますね。

通算成績18戦5勝(5-2-2-9)。

個人的にはワグネリアンが何となくマカヒキと同じ匂いがするんですがはたして今後はどういった成績を残すのでしょうか。

アグネスフライト(2000年)

ダービーまでは5戦4勝も、その後は9戦して未勝利でした。

神戸新聞杯と京都記念では二着にそれぞれ来ているものの、残りのうち六戦で掲示板にすら載っていないのはダービー馬としては少しなさけないですね。

まぁダービーそのものが若干追い込みがうまくハマったという感じがするので、こういう勝ち方をした馬はなんとなくその後にパッとしないことが多いのは間違いありません。

通算14戦4勝(4-2-0-8)。

2003年に日高スタリオンステーションで種牡馬入りも2011年に種牡馬を引退。現在は生まれ故郷の社台ファームで余生を送っているそうです。

タヤスツヨシ(1995年)

サンデーサイレンス初の日本ダービー馬。

2008年放牧中の事故で死亡。16歳でした。

ウイニングチケット(1994年)

僕が競馬をはじめて最初に見た日本ダービー馬がこのウイニングチケットです。

この世代はエルエーウィンやクエストフォベスト、ナリタタイシンやガレオン、ビワハヤヒデなどが注目されていたものの、早い段階からダービーに一番合うと言われていた馬です。

見事期待に応えてダービーを勝ったのはよかったんですが、秋になるとこの馬が弱くなったというよりも、三強(ビワハヤヒデ、ナリタタイシン、ウイニングチケット:通称BNW)だったはずのライバルのビワハヤヒデがさらに一段成長して、差がついたという印象でしたね。

逆にウイニングチケットを現状維持だったという感じで、菊花賞、ジャパンカップで三着に入るものの、古馬になってからはオールカマーで二着に入るのが精一杯でした。

今で言うとステイゴールド産駒のようにビワハヤヒデが成長したのに対して、ウイニングチケットはディープインパクト産駒のように秋になって普通の馬になったという感じでしたね。

通算14戦6勝(6-1-2-5)。ダービー後は7戦1勝(1-1-2-3)

引退後は静内スタリオンステーションで種牡馬になりましたが、母の父として活躍馬をちょっと出した程度に終わりました。

ちなみにこの年の1990年生まれの三強は現在、三頭とも健在とのことで、僕としてはうれしい限りです。

不振に陥った早熟馬

ワンアンドオンリー(2014年)

ダービー後は24戦して1勝のみでした。

アロースタッドで種牡馬として供用されています。

ロジユニヴァース(2009年)

ダービー後は4戦しかしていませんが、二着が一回あるもののそのうち二回が二けた着順というのはいただけません。

僕も元々仕上がりの早さで勝ったのでは?と疑いながら見ていた馬だったんですが、残念ながらそれを証明する結果になってしまいました。

優駿スタリオンステーションで種牡馬にはなりましたが、数・質ともに繁殖牝馬には恵まれていないようです。

いつの間にかいなくなってた

ドゥラメンテ(2015年)

ダービー後は骨折により年内全休。

翌年は参戦したものの、中山記念で叩いたあと、海外(ドバイシーマクラシックの二着)で走り、帰国後は宝塚記念(二着)で故障しそのまま引退して、社台SSで種牡馬になりました。

可能性を感じさせる馬でしたが、気付いたら引退してた馬ですね。

ディープブリランテ(2012年)

現役種牡馬。

キングカメハメハ(2004年)

ダービー後は神戸新聞杯(一着)を叩いて天皇賞・秋に向かう予定でしたが、直前に屈腱炎が判明し引退。社台SSで種牡馬入りしました。

他の記事でも書きましたが、日本ダービーで初めて僕が戦慄を覚えた馬で、”こりゃ大変な馬だ。早く種牡馬入りして血を残さないと!”と思っていた馬なので、早めの引退が少しうれしかったのを覚えています。

その後はディープインパクトの後塵を拝することになりますが、種牡馬としてもスゴイ能力を発揮して結果を残したので、僕は少し鼻高々です。

前々から体調が万全ではないといわれていましたが、後継種牡馬のロードカナロアが確立したこともあり、2019年正式に種牡馬からの引退が発表されました。

他にはルーラーシップやドゥラメンテもいますし、その血はさらに拡がりそうですね。

アドマイヤベガ(1999年)

2004年に8歳で胃破裂のため死亡。

残された産駒はわずか四世代だけでした。

フサイチコンコルド(1996年)

2014年に放牧地の転倒が原因で21歳で亡くなっています。

最後は青森県の太田ファームで余生を送っていたそうです。

ミホノブルボン(1992年)

僕が競馬をはじめた年のダービー馬ですが、僕がはじめたのは秋ごろで、すでに菊花賞が終わったあとでした。

ダービー後は京都新聞杯を勝ったあと無敗の三冠馬を目指し、菊花賞に挑みましたが残念ながら二着に敗れました。

その後休養中に故障が発覚し、一年間は復帰を目指したもののそれが叶わず結局いつの間にか引退してました。

当時はインターネットなんて流通してなかったので、本当にいつの間にか引退していました。(笑)

当時レース画像を見る機会はあったんですが、その頃から”そんなに強いかなぁ?”と思ってましたが、種牡馬入り後もやっぱりパッとしませんでした。

スピードはある馬だったのは間違いないようなんですが、丈夫さを活かして鍛えられた(作られた)サイボーグというタイプという感じの馬でしたね。

こういうところはキタサンブラックと似ていますね。

2017年老衰のため死亡。享年28歳

日本ダービーが引退レースになった

ロジャーバローズ(2019年)

今年の日本ダービー馬です。

サートゥルナーリアが絶対的な人気をして、ヴェロックスとダノンキングリーがコレを追いかけるような準三強のような雰囲気でしたが、ロジャーバローズは高速馬場と先行力を活かして勝ったという感じでしたね。

もう一回同じメンツでやれば勝つのは難しいような感じはしますが、ノーマークな存在だったのを上手く活かした印象です。

もちろん力がないと勝てないと思いませんが、出走馬の中ではあくまで二番手グループだったような気がします。

タニノギムレット(2002年)

最近は不振も、現在も種牡馬として活躍中。

サニーブライアン(1997年)

種牡馬入りも2007年に種牡馬を引退。

2011年、17歳の時に疝痛が原因で死亡

アイネスフウジン(1990年)

僕が競馬をはじめる前の馬ですが、ダービーを上位人気でマークされる中、見事逃げ切りました。

このレースの内容すさまじく、1000mの通過が59秒8で2000mの通過が2分0秒5という今より時計のかかる馬場だったことを考えると物凄いラップで走り抜けています。

産駒成績はあまりよくありませんでしたが、一度種牡馬を引退することが検討されたようですが、ファストフレンドが地方で活躍したことにより取りやめになり、最後は宮城県で種牡馬生活を送っていたそうです。

2004年に17歳で亡くなっています(腸捻転)


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コメント

  1. dalichoko より:

    アイネスフウジンなどはその場で声援を贈ってましたので、とても懐かしいです。
    中野コールは〇〇コールのはしり。
    確か延べ20万人が東京競馬場に集ったことを思い出します。
    「黒山の人だかり」を実感しました。
    (=^・^=)

    • neCOSTA より:

      競馬人気のまさしく絶頂期の頃ですよね

      リアルタイムで競馬場にいたのは羨ましいです