歴代天皇の寿命や年齢について調べてみた

仁徳天皇陵

歴代の天皇はどれぐらい生きたのか調べてみた

前回の記事では仁徳天皇について調べてみました(そういえば仁徳天皇って何者? 古墳群が世界遺産登録ということで調べてみた)が、特に目をひいたのが仁徳天皇をはじめとする古代の天皇の長寿ぶりでした。

天皇および天皇家というのは、昔から日本の国民にとっては不可侵の領域・存在であり、戦国時代などでいくら国が乱れようが守れれてきたように、我々にとってはもはや別次元の世界とも言えますね。

当然普段から食べているものも違うでしょうし、誰それと気軽に会う機会も少なく風邪やはやり病にかかる確率も低かったはずです。

また、天皇などが病気になれば当代一の医者や陰陽師、祈祷師などがその治療にあったたことでしょうから、一般人に比べると寿命は長めになることは想像しやすいですね。

ただ、前回の記事にも少し取り上げたように長寿の天皇は、日本書紀や古事記では100歳を超える天皇たちが連発していたということで、今回は歴代天皇たちがどれぐらいの寿命だったのか調べてみることにしました。

どうでもいい話ですが、僕は左か右かでいうと若干右よりの考え方ですが、今回の記事について政治的意図はないことをご理解ください。

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Contents

歴代天皇ご長寿ランキング(日本書紀編)

特に古代の天皇は日本書紀と古事記でまったく違った記録になっているので、記録別にわけてみることにします。

また年齢の数え方などは計算の仕方によっても若干誤差がでるのでご了承ください。

1位 景行天皇(第12代) 147歳

輝くべき第一位は第12代景行(けいこう)天皇となります。

知名度はそれほど高くない天皇ですが、あの日本武尊(ヤマトタケル)の父だと言われている天皇です。

2位 仁徳天皇(第16代) 143歳

3位 垂仁天皇(第11代) 139歳

あまり馴染みがないので間違えがちですが垂仁はすいにんと読みます。

4位 孝安天皇(第6代) 137歳

5位 孝霊天皇(第7代) 128歳

以上の5人とも途轍もない長寿ですが、日本書紀の記録上100歳を超えたとされる天皇は計12人おり、いずれも16代の仁徳天皇以前の天皇になっています。

このあたりは前回も書きましたが、これらの天皇が実在しなかったという説や、倍歴(半年を一年とする)という説が原因だとされます。

歴代天皇ご長寿ランキング(古事記編)

1位 崇神天皇(第10代) 168歳

日本書紀では第7位で119歳の崇神(すじん)天皇ですが、古事記だとぶっちぎりの一位です。

いずれの記録からも長寿だっとことは間違いないようですね。

2位 垂仁天皇(第11代) 153歳

日本書紀でも3位(139歳)だった垂仁天皇が古事記でも二位に来ています。

両方の平均をとるとこの人が記録上一番長生きした天皇にはなりますね。

3位 景行天皇(第12代) 137歳

日本書紀ナンバーワンの147歳だった景行天皇は古事記だと三位になりますが、お父さんの垂仁天皇とともに長生きしたことになります。

3位 神武天皇(初代) 137歳

日本書紀では6位(127歳)だった初代神武天皇が古事記では三位になります。

5位 応神天皇(第15代) 130歳

仁徳天皇の父である応神天皇が第5位です。日本書紀では第10位で111歳となっています。

古事記は日本書紀に比べると天皇のことについて書かれているので寿命については正確性が高いと思われますが、それでも八人が100歳超えをしており、崇神天皇に関してはぶっ飛んだ記録が残っています。

ただ日本書紀と若干違うのは第21代の雄略天皇が124歳で8位に入っている点ですね。

出土物から実在性が高いと言われる一番古い天皇となりますが、日本書紀では62歳で亡くなったと言われています。

歴代天皇のご長寿ランキング(公式記録)

上の二つは実在性が疑われたり、資料の信憑性が疑われますので少しネタ的になりますが、以下の天皇はおそらく正確な年齢だと思われますので、これがほぼ公式記録となります。

1位 昭和天皇(第124代) 87歳

今でも昭和天皇が亡くなった日のことは覚えていますが、朝ラジオをつけるといつもと雰囲気が明らかに違っていてすぐに分かりました。

亡くなる直前はテレビで陛下の健康状態がよく字幕で流れていたりしました。

2位 上皇明仁(第125代)※ 85歳※

○○天皇という名称は亡くなってから送られる諱号なので平成天皇とは言えません。上皇の明仁様という名称が正確になるのでしょうか。

1933年12月23日生まれで、2019年7月の段階では85歳なのですが、昭和天皇の87歳8か月という記録を超えるのももうすぐになります。

長生きしてもらいたいですね。

3位 後水尾天皇(第108代)  84歳

江戸時代の天皇となります。食糧事情や医療事情の発達した現代であれば分かるのですが、いやはやスゴイですね。

産まれたのは1596年なので安土桃山時代になりますね。当時の平均寿命を考えると圧倒的でしょうし、有名な戦国武将を知る最後の生き字引だったのかもしれません。

1680年の8月まで存命ということは、徳川家康から五代目の徳川家綱が即位してすぐぐらいまで生きていたことになりますね。

名前の後水尾はごみずのおと読みます。

4位 陽成天皇(第57代) 80歳

4位はなんと平安時代前期の天皇になります。

この時期になると年代については正確だと言われるので恐らく正確な年齢だと思われますが、1000年以上前だと物凄い長生きだったことは間違いないでしょう。

5位 霊元天皇(第112代) 78歳

この霊元天皇も江戸時代の天皇になりますが、お父さんは3位に入っている後水尾天皇となります。父子ともども長生きで健康だったことになりますね。

ただ姉の第109代明正(めいしょう)天皇は72歳まで生きたものの、兄の第110代後光明(ごこうみょう)天皇は21歳(毒殺性もあり)、第111代後西(ごさい)天皇は47歳で亡くなっています。

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早逝(若くして亡くなった)、若死にした天皇

逆に早くに、若くして亡くなった天皇を調べてみたいと思います。

自分で記録を拾っていって調べたので抜け落ちていたら(笑)ご指摘ください。

1位 安徳天皇(第81代) 7歳

死因:敗死

源義経と平氏による壇ノ浦の戦いの際に亡くなった若年の天皇として有名ですが、この時はまだ七歳だったようです。

即位したのが1歳2か月だったようですが、完全に平清盛など大人の犠牲になった感じで可哀そうな天皇ですね。

ただ、この安徳天皇はどこかで生き延びたという説が各地であります。

2位 四条天皇(第87代) 10歳11か月

死因:事故死(脳挫傷)

父は第86代の後堀川天皇で、父が退位(院生)したことにより一歳七か月で即位。

遊んでいる時に転んで頭を打ったのが原因で亡くなったそうですが、呪い殺されたという説もあるということは誰か命を狙う人間がいたということになりますね。

3位 六条天皇(第79代) 11歳8か月

死因:病死(赤痢)

二条天皇の息子で史上最年少7か月と11日で即位した天皇となります。

祖父である後白河上皇の庇護下に置かれたようですが、父二条天皇との関係を考えると怪しいですね。

4位 仲恭天皇(第85代) 15歳8か月

死因:不明(逃亡したため殺されたという説も)

在位期間78日間で史上最も在位期間の短かった天皇となります。

四歳の時に即位していますが、承久の乱の影響で早々と廃位され、この人も時代に翻弄された天皇と言えますね。

廃位後は叔父九条道家(くじょうみちいえ:摂政)の元に預けられたようです。

当初は諱も送られておらず、天皇の一人に数えられるようになったのは明治時代になってからのようです。

5位 近衛天皇(第76代) 16歳

死因:病死(呪死?)

平安末期の天皇になります。1139年6月16日(保延5年5月18日)生まれで崩御したのが1155年8月22日(久寿2年7月23日)というのが分かっているので16歳で亡くなったことになります。

亡くなる二年前ぐらいから失明の危機にあったようで誰かに命を狙われた可能性が高いようです。

6位 武烈天皇(第25代) 18歳

死因:不明

「扶桑略記」、や「水鏡」などの資料によると18歳で亡くなったと言われています。

日本書紀では暴君として描かれているそうですが、若年のため嗣子がなく仁徳天皇の系統はこの武烈天皇で途切れています。

実在性が疑われる天皇ではありますが、この時代の天皇が軒並み長寿だったことを考えると逆にリアリティがありますね。

7位 高倉天皇(第80代) 19歳

死因:病死

この高倉天皇もそうなんですが、先々代の二条天皇、先代の六条天皇と立て続けに二十歳前後で亡くなっており、明らかにおかしいですよね。

後白河天皇の第七皇子。

8位 後光明天皇(第110代) 21歳

9位 後桃園天皇(第118代) 21歳

10位 桃園天皇(第116代) 21歳

11位 二条天皇(第78代) 22歳

死因:病死

先代である後白河天皇の第一皇子ですが、上皇となった後白河天皇と対立し、賢帝と評価されているようです。

後白河天皇の排除に成功しているようですが、早死にしているところを見ると何となくきな臭い感じはしますね。

平清盛を引き上げた人物のようですが、母親は藤原氏のようなのでどちらも怪しいですね。

12位 御堀川天皇(第86代) 22歳

13位 後二条天皇(第94代) 23歳

14位 弘文天皇(第39代) 25歳

死因:敗死

お父さんは天智天皇(中大兄皇子)で大友皇子(おおとものおうじ)として知られる人物です。

壬申の乱で大海人皇子(のちの天武天皇:天智天皇の弟)に敗れて自害しています。実際はクーデターですよね。

資料の上では天武天皇は天智天皇の弟とされていますが、こういった事件や日本書紀を書かせたのが天智天皇なのでこの人が新しく王朝を作って自分のいいように歴史を改ざんしたというような説もありますね。

14位 文武天皇(第42代) 25歳

死因:病死?

当時としては異例の14歳で天皇に即位しています。死ぬ直前に病に伏していたという記録はあるようですが、記録があまり残っていないようです。

持統天皇の孫になります。


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