武幸四郎 今週で最後の騎乗 今後は調教師へ

“天才武豊の弟” 武幸四郎もついに引退

アメリカでは若者のギャンブル離れが近年話題となっているようですが、スマートフォンなどの影響もあってか日本でもパチンコや競馬の売り上げも全盛期に比べるとかなり落ちこんでいますね。

果たしてこれが日本でも若者のギャンブル離れが影響しているのか興味深いところですが、オグリキャップを火付け役としてダービースタリオンという打ち上げ花火により空前の競馬ブームの全盛期に青春期を送ってきた僕にとっては少し寂しい気がしますね。

さて、今回は今週末(2017年2月26日)の騎乗でJRA(日本中央競馬会)所属の武幸四郎(38歳)騎手が引退するということで取り上げてみました。


競馬にあまり興味のない方でも、かつてフジテレビのジャンクスポーツなどに福永祐一騎手などと出演し、武豊の弟で天然ほんわかキャラながら合コン好きを明言して、元フジテレビアナウンサーの高島彩とも付き合っていたジョッキーと言えば、なんとなく思い出される方も多いでしょう。

今回騎手を引退して調教師に転身するということで武幸四郎という騎手がどんなキャラクターだったかやその競馬界について初心者の方のために少し紹介したいと思います。

意外と奔放な世界である競馬界

まず断っておかないといけないのは、僕はただの元コアな競馬ファンなだけということで、あくまで当時競馬雑誌や競馬新聞を読みまくって仕入れていただけの情報なので、メディアを通して感じたイメージだということをあらかじめご了承ください。

武幸四郎騎手と言えば、ジャンクスポーツでも語ってましたが、大の合コン好きで真面目そうな兄武豊騎手とは逆に女性関係に関しては派手なイメージがあったりしましたよね。実際に高島彩元フジテレビアナウンサーとの熱愛も発覚したりして、彼が騎手の中でも特別色物な感じだったりしたかもしれません。

ただ現在はどうかは分かりませんが、お父さんの武邦彦元調教師の酒豪伝説やかつての田原成貴元ジョッキーや小島太現調教師のやんちゃ伝説なんかを見る限り、競馬界は朝が早いもののレース後はフリーになる時間も多いのでそのまま祇園に繰り出して遊ぶという話もたくさん出てきたりします。

お兄さんの武豊騎手も真面目そうですが、こういった類の話はないわけではありません。競馬界というのは賞金も多くお金持ちの馬主に囲まれたりしている我々が思っている以上に華やかな世界です。同然ジョッキーはモテるでしょうし、そういったお誘いもたくさんあることでしょう。

このあたりの夜の倶楽部活動なんかは男の嗜みということで少し歌舞伎界に近いかもしれません。

ただこの華やかな世界の中でも、武幸四郎騎手は有名人との浮名を流したり、女の子と食事に行って騒いでいて知らない人にぶん殴られる事件も起こしたりして話題には事欠きかませんでしたね。

天才の兄、父はターフの魔術師

あまり本業以外の部分ばかり紹介してはいけないので、武幸四郎騎手がどういった騎手だったか振り返ってみたいと思います。

まず実績のほうですがJRAの公式データ(2017年2月13日現在)を見る限り

JRA所属20年で
通算約9100騎乗で693勝 重賞29回(うちGⅠ 6回)

これがどういった数字というと

極めてフツーです。良くも悪くもなくという数字ですかね。

ご存知ない方もいるかもしれませんが、騎手というのは毎年4,5人の新人ジョッキーがデビューしますが、この世界は本当に厳しくて年間1ケタしかできないジョッキーもたくさんいて、そういった方たちは数年で引退して良くて調教助手に転身したり、伝手をたよって牧場勤務されるよう方もいらっしゃるようですが、あっという間に表舞台から消えていきます。

だから本人の血筋的なバックボーンがあったにしても20年間現役で入れたということはかなり凄いことです。彼の他にも2世ジョッキーなんかは競馬界ではたくさんいますが、あまり大成した人は本当にいません。だから技術的なことは僕が言えることではありませんが、腕は確かで間違いなかったはずです。

ただ、彼の場合はお父さんとお兄さんが凄すぎた・・・

みなさんほとんどの方は知っているでしょうが兄は”天才”武豊(ちなみに彼は三男で幸四郎は四男))でお父さんも名手といわれ”ターフの魔術師”と言われた武邦彦さんだったんですよね。

もちろんお父さんの武邦彦さんの現役時代は知りませんが”元祖天才”福永洋一さんが別格だったとしても実績を見ると一流のトップジョッキーだったことは確実でしょう。僕は調教師武邦彦のイメージしかありませんが、手堅くコツコツといい馬を輩出していたイメージがあります。

そして兄の武豊騎手。未だ現役で一時期ほどの数字は残せていませんが、ハッキリ言って競馬界の”生きる伝説”です。

そう競馬に疎い方や全盛期を知らない方にどれぐらいの騎手だったか例えるとするならば

競馬界のイチロー

この表現がピッタリだと思います。

何が凄かったかというと連続リーディングジョッキーなんかの他に、勝利数年間200勝とかワケの分からないことをかつてやっています。この200勝って数字がどれぐらい凄いかというとプロ野球の年間安打数200本ってありますよね。これの基準からいくと大体年間300安打ぐらいした感覚ですかね。

あくまで個人的な感覚なんですが、大体リーディングジョッキーになるには100勝とあとちょっと勝てばなれるもんなんですが、それをはるかに超える200勝です。確か年間200勝を達成した前年にテレビのバラエティ番組で来年の抱負で年間200勝とか言ってたのを覚えてますが、多分誰も達成するはずはないと思っていたはずです。

それをあっさり達成してしまったぐらいのチート級の記録なんですよね。もちろん通算勝利数も過去最多、様々な記録もほとんどお兄さんが持っているわけです。

さてさて主役の武幸四郎騎手を差し置いて兄武豊騎手の説明のほうが長くなってしまいましたが(汗)、偉大な父と兄という大きな壁があったものの個性的な騎手として、印象に残る活躍はできたと思います。競馬ファンからは人気すると来ない、人気がないと後ろから飛んでくるどちらかといえば穴ジョッキーでしたが、今後は調教師としての活躍に期待しましょう。

恐らく今回の調教師への転身は父の武邦彦氏の病気療養・死去による影響もあるでしょうが、未だ現役として活躍する兄武豊騎手と再び競馬界を盛り上げてもらいたいものですね。

馬の血統ばかりが注目される競馬界ですが、そこに関わる人達にも色々血縁関係があって面白いので今後も紹介できればと思います。

最近競馬のニュースが少ないしね・・・。