豊臣秀吉は指が6本あったらしい

豊臣秀吉像

意外と知らない人も多い歴史ネタシリーズ第一段 あなたは知ってた?

日本の三英傑と言えば”第六天魔王”の覇王織田信長、百姓から天下人となったまさしく”成り上がり”太閤豊臣秀吉、そして”東照大権現”こと江戸幕府の開祖徳川家康。この辺りは日本人なら誰でも名前が浮かぶ戦国時代の英傑であり、戦国武将と聞いてまず間違いなく上位に出てくる有名人には間違いないでしょう。

さて、この記事でこのブログは四つ目の記事となりますが、今回は光栄の「信長の野望」シリーズど真ん中世代、PCゲームのドット絵時代から大人になるまでこのゲームの影響で、その辺の物知りジジイには負けまへんでという自負のある僕(と言っても歴史オタクかと言われるとそうでもない・・・)が、歴史のちょっとしたネタをご紹介したいと思います。



右手の指が六本あったと言われている豊臣秀吉

豊臣秀吉と言えば織田信長の元で百姓から天下人まで成り上がった苦労人として有名ですが、機知のとんだエピソードの多い青年期から、中国大返しで明智光秀を討ち天下を取るきっかけを作った中年期、晩年はボケて?信長の構想でもあった明(とりあえずは朝鮮)への出兵で国内を疲弊させたなど、色々なエピソードが出てきますね。

半世紀ぐらい前までは苦労人として世間一般では尊敬されていたイメージの強い豊臣秀吉ですが、最近はどうなんでしょう、前述のゲームの影響や大河ドラマで多数取り上げられてきたせいかもしれませんが、歴史マニアも増えて、狡猾すぎるイメージや主君信長を討った黒幕説などもあって、個人的には織田信長や徳川家康ほどの人気がないようなします。(僕は断然織田信長派ですがね)

前置きはこれぐらいにして、秀吉の指が6本あったらしいという話、実は僕もこの話をしったのは10年ぐらい前なんですよね。確か井沢元彦さんの人気シリーズ「逆説の日本史」でこの話が出ていたような気がします。

この「逆説の日本史」、たまに突拍子もないことが書かれたりしますが、歴史考察本としては着眼点が面白く、言霊思想などナルホドなと感心させる部分も多く、歴史にちょっと興味ある方にはおススメです。学生時代に授業で教えられた歴史がそのまま正しいとは限らない、今語られている歴史というのは勝者の歴史だということがよく分かります。

この中で出てきた秀吉の指が6本あったという話は、もちろん授業では習いませんよね。世間一般的には「多指症(たししょう)」というようですが、たまにこういったテストには出てこないエピソードを教えてくれるような歴史の先生がいたりしますが、大抵人気ですよね。

で、秀吉は指が6本(実際には右手の親指が2本)あったようなのですが、実は文献としては二つしかないそうです。

一つ目は豊臣秀吉が下っ端のころからの親友であり同僚である前田利家の言行録を記した加賀藩前田家の「国祖遺言」と、ルイス・フロイスの「日本史」です。この両方に豊臣秀吉は指が6本あったことが書かれており、歴史好きな方には有名な話となっています。

ちなみに「国祖遺言」は藩の一門や家臣団に向けて、藩祖前田利家の事績を賞賛するために書かれた言行録であり、若干の信ぴょう性が怪しいそうですが、個人的には秀吉と利家の中は険悪なものとはほど遠いことや、加賀藩が秀吉から酷い仕打ちを受けたというイメージもないのでわざわざあり得ない話を突然ぶっこんでくるのもおかしいので本当の話じゃないのかなとは思います。

次にルイス・フロイスが記した「日本史」ですが、彼はどちらかと言えば織田信長時代の人というイメージが強いのですが、イエズス会の宣教師として戦国時代の日本に上陸して、信長の保護下の元キリスト教の布教に尽力して、それに合わせて母国ポルトガルへ当時の日本の様子を記して、中々興味深い内容もたくさんありますよね。(もちろん僕も一部しか知りませんが)

その中でフロイスは、豊臣秀吉については外見や性格などケチョンケチョンに貶されています。「身長が低く、醜悪な容貌の持ち主で性格は最悪に尽きる。片手には六本の指があった」と記しており、ひどいもんですね(笑)。

秀吉時代には信長時代とは違い、キリスト教徒も活動しにくくなっていたとは思いますが、こちらに関しても、いくら恨みがあったとは言え、内容としては精神的に狂っていてオカシイとかなら分かりますが、ワザワザ指の数が多いと書くのは突拍子もないような気がして逆に信ぴょう性は高いと思います。

そんない珍しくなかった多指症

秀吉の指が6本だったという「多指症」ですが、実はあまり珍しい病気ではないようです。原因は専門家でないので分かりませんが、現代でも1000人に1人はこの症状を患うそうで、早い段階で切除してしまうので目立たないだけのようです。

もしかしたらなんらかの遺伝子異常なのか、戦国時代とかだと血のつながりの近いもの同士による婚姻などによる近親相関などの影響もあったかもしれませんね。

以上たった2つの文献による記述かもしれませんが、歴史の教科書だけしか読んでこなかったような人たちにとっては歴史的ヒーローの中々衝撃的なエピソードだと思います。

秀吉の他にも、徳川家康の武田家に追われて「ダッフンダ」事件や織田信長の秀吉の奥さんに向けた「あいつ色ボケのアホだけど許したって」の心温まる手紙など、面白エピソードは満載です。今後も気が向いたら歴史ネタも取り上げてみたいと思います。

一応確認で調べなおしたりはしてますが、ほぼ僕の記憶中心で書いてますので間違っていたらご指摘ください。